
つれづれなるままに・・・
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2008年08月02日


昨年一般的なルートである栗駒山より東栗駒山を通り、沢沿いに下山した。
岩手、宮城内陸地震は、その栗駒山の山くずれ、地すべり、土石流と瞬時に自然の形を一変させた計り知れないエネルギーをみせつけた。
幸いにして栗駒山での登山者の事故がなかったのは不幸中の幸いといいようがない。
しかし乍ら、今だ、行方不明の方がおられる。
一日も早い発見と、復興をいのるばかりである。
7月13日は日留賀岳へのクラスメイト・ハイク。
7年前に2度登ったが、7月6日に下見登山。
登山口までの林道は全く人の手が入らず、落石や、雑木が生い茂り、荒廃は想像以上だった。
日留賀岳には、県内ではほとんど見る事ができなくなった(ヒノキ)アスナロの原生林がある。
原生林は7年前に比べ、大きな広がりをみせ、立派な(ヒノキ)アスナロの森がつくられてゆく事が想像された。
この(ヒノキ)アスナロの森に反し、行者にんにくの群生地は、以前の半分以下と思われる程に縮まり、まばらにしかみる事ができなく残念の一言。
山草・山菜の乱獲はつきる事を知らない。
塩那スカイラインも現在、土平迄完全舗装、自動車進入可である。
日留賀岳山頂からのながめはすばらしく、しかしそれに反し、塩那スカイライン土平先では大型重機が作業していたのにはおどろいた。
一時、道路建設により、多くのところで、がけくずれ等が発生し「自然破壊」だと問題化し工事は中止されていた。
7月13日のクラスメイトハイクは8名全員登頂。
又、当日は田名網忠吉氏の男体山1,111回記念登拝という事で、男体山に向かいバンザイ三唱。
投稿者 souken : 2008年08月02日 09:08