
つれづれなるままに・・・
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2008年03月27日
過日、県北(特に塩谷町、矢板市)をおそった強風被害は想像をはるかにこえていた。
3月23日(日曜日)矢板市内(自宅)より北へ、(旧奥州西街道)東泉・山田を通り雲(くもり)‐伊佐野‐泉‐自宅 約20kmを被害状況を見ながら、秩父7峰縦走マラソンのトレーニングを兼ねて歩いてみた。
杉山ではところどころ間伐が行なわれ下草が生えていた。
ほとんどの家の家裏には防風の為に植えた樹齢50年程の杉の木があり、家に倒れかかったりして被害を出していた。
杉山でも間伐や枝打ち等手入れした林では倒木等の被害はなかったが、手入れしないところでは多く倒木していた。
家裏の木にせよ、人工林にせよ、やはり手入れの必要性を強く感じた。
-ほとんどの人工林が手入れされていない。-
又、枝打ちした林では、杉の花がほとんどついていないのにはびっくりした。
国では地球環境を考えた杉にCO2の固定化の増大を計る為、間伐材助成を行っているが間伐や枝打ち等、杉山の手入れが杉花粉飛散防止に役立つ事を強く感じた。
投稿者 souken : 17:34
2008年03月07日
(イメージ)
その青年とは武尊(ほだか)山(2158m)の山頂近くで出会った。盲目であった。
前を行く人の腰に巻かれた紐を1m程の距離をおいて手の平に持っていた。その紐の振動で、すべてを悟るのであろうか、身体中の神経を紐に集中しているように見える。
その光景を目にしたとき、驚きのあまり、脈搏も呼吸も止まり、音の全くない世界に立ち尽す自分を感じた。時が止まった。息を飲むとはこういうことなのだろうか。5cm足を踏み外せば、転がり落ちる登山道を、大小の岩がごろごろしている厳しい足元を青年は紐にすべてを掛けて読みとり歩を進めている。
40代かと思われるパーティが登れないと断念して下山した、あの岩場をこの青年はどのようにして登ったのであろうか、そしてこれからどのようにして下りるのであろうか。
沢山の疑問が頭を過った。
色々と聞きたかった。
でも声を掛けるには、二人の姿はあまりにも神神しかった。
私が今まで生きて来たすべてを掛けても、この一瞬にも充たないと思えた。
この青年を駆り立てる山とは一体何なのであろうか。
それは私には、とうてい及びもつかない深き思いの中にあるのだろう。
その青年には青い空も、白い雲も、風も、美しい山脈も、花も見えているに違いない。
甦る何かを感じているに違いない。
生きている自分を感じているに違いない。
見ているから見えている訳ではない。
見えていなくても見えている人がいる。
悟っている人がいる。
それからすでに何年かの時が過ぎ去ったが、思い出すと清清しい気持になれる。
山や二人にありがとうと言える気持になれる。
この事は私の大切な宝物として心の中にしまっておきたい。 O.T.
投稿者 souken : 08:52
2008年03月01日

1ヶ月前、八ヶ岳連峰、赤岳、展望荘で灯油ストーブ不完全燃焼による一酸化炭素中毒事故があり、大事にならずよかったと安堵した。
昨年、その展望荘に泊まり、20名は入れるであろう大浴槽(五右衛門風呂)にびっくりし、バイキング形式の食事にも驚かされた。
標高3000m近いところにまで及ぶ登山者優先の山小屋の運営、サービスぶり。時代の流れを感じ、みならうべきであろうか、否や。
投稿者 souken : 15:56